特別な機会を華やかに彩る美酒を産み出すAOC

【シャンパーニュ 〜Champagne〜】

 日本でもお祝いの席や華やかな場面でお馴染みのシャンパン(以下シャンパーニュ)は、単に発泡しているだけではシャンパーニュを名乗ることはできません。パリから140km離れたフランス北東部に位置するシャンパーニュ地方で規定の製法で産出されたスパークリングワインだけがフランスのワイン法の規定で「シャンパーニュ」を名乗ることができるのです。

 シャンパーニュ地方は下に掲載した産地地図の通り、北部の中心都市ランスとその南にあるエペルネを中心としたマルヌ県の「モンターニュ・ド・ランス」、「ヴァレ・ド・ラ・マルヌ」、「コート・デ・ブラン」、「コート・デ・セザンヌ」の4地区とそこから飛び地のように離れた南部オーブ県の「コート・デ・バール」の5地区の産地で構成されています。

 シャンパーニュ地方はフランスの中でも最北のワイン生産地で、中心都市ランスは北緯49度に位置し、普通であればこれほど高緯度の地域では葡萄が熟することは不可能ですが、大西洋に近いため穏やかな気象条件に恵まれているのです。(参考までに北緯49度はアメリカとカナダの国境線ですし、北海道最北端の宗谷岬は北緯45度ですので、いかに冷涼な地域かはお分かりいただけると思います)

 実は、日本は金額ベースで世界第3位のシャンパーニュ輸入大国で、結婚式、船の進水式、スポーツの祝勝会等特別なお祝いの場を華やかに彩る特別なお酒となっていますが、その理由を知るには、まずシャンパーニュの歴史を知らねばなりません。

【シャンパーニュの歴史】

 中世までキリスト教国では葡萄栽培に関わるのは修道士とされており、ワインは聖なるものとしてミサに供されました。そして初代国王クローヴィスは496年のクリスマスの夜にランスのノートルダム大聖堂でランス司教聖レミギウスから洗礼を受けて改宗し、これによってキリスト教が認めた初の元首となり、フランスの基礎となるフランク王国を築き、この時にシャンパーニュのワインを聖なるものと位置づけました。

 それから数世紀後、シャンパーニュ女伯ジャンヌ・ド・ナヴァールとフランス国王フィリップ4世が結婚し、シャンパーニュ伯爵家とフランス国王を結びつけることになり、898年から1825年まで歴代25人のフランス国王の戴冠式はシャンパーニュ地方の中心都市ランスにあるユネスコ世界遺産のノートルダム大聖堂で執り行うのが慣例となり、シャンパーニュがその祝宴の席で振舞われました。

 但し、現在のような発泡するシャンパーニュとなったのは、1680年頃、オー・ヴィレール村の修道士ドン・ペリニヨンが泡を瓶に閉じ込める製法(瓶内二次発酵)を確立させ、複数年のリザーヴワインをアッサンブラージュする醸造法を生み出して以降で、それ以前のシャンパーニュは発泡しないワインでした。

(注1)この時代の非発泡性のワインは「ヴァン・ナチュール・ド・シャンパーニュ」と呼ばれ、国王アンリ4世が愛飲し、王侯貴族たちを魅了し、宮廷御用達ワイントップの座をブルゴーニュと競っていた秀逸なものでした。しかし、発泡性のシャンパーニュの考案と人気爆発に伴い、その生産は激減しますが、1974年にAOC「コトー・シャンプノワ(Coteaux Champenois」として赤、白、ロゼが認証され、現在もシャンパーニュの稀少なスティル・ワインとして珍重されています。ご参考までに、AOCコトー・シャンプノワの中で最も有名なワインが、ボランジェが優良年だけにアイ村の自社畑のピノ・ノワール100%で少量造る赤ワイン「ラ・コート・オー・ザンファン(La Cote aux Enfants)」で、上述のアンリ4世が「アイ村のルージュ(Ay Rouges)」として愛飲し、その豪華な食卓を飾っていたワインの流れをくむものです。

 フランス革命後の近代に入ってからも、1814年のウイーン会議等重要な条約締結の際あるいは各国の国王家の婚礼式典にもシャンパーニュが振舞われることで、特別なワインというイメージが確立され、今日では特別な機会として華やかに演出したいイベントではシャンパーニュを開けることが通例となっているのです。

 また、シャンパーニュの製造工程から由来したという説もあります。醸造の最後の過程で、「デゴルジュマン(澱抜き)」後に、「ドサージュ(補糖)」の工程があります。ドサージュでは通常糖分入りのワインが添加されますが、これは「門出のリキュール(Liqueur d'expedition)」と呼ばれ、出荷の前に行われることから、シャンパーニュが「新たな門出を祝うのにふさわしいお酒」となったというものです。

 ちなみに日本で初めてシャンパーニュを飲んだのは江戸幕府の役人達で、1853年にペリー提督が浦賀に来航した時に旗艦サスケハナ号の中で振舞われたようです。上述のような歴史的経緯と共にイベントを大事にする日本人の感覚にフィットし、特別なお祝いの場を華やかに彩る特別なお酒「シャンパーニュ」が定着しているのです。

 なお、シャンパーニュは食前酒とお考えの方がほとんどですが、宮中晩餐会などの国際儀礼の場では、晩餐会の最後にデザートが提供され、そのタイミングで主催者のスピーチと乾杯が行われますので、本来シャンパーニュは「宴のフィナーレを飾る最も重要なワイン」なのです。従って、公式なテーブルセッティングではシャンパーニュのグラスは一番奥に置かれています。

【RM(レコルタン・マニピュラン)の台頭】

 シャンパーニュの生産量は大手メゾンのほとんどがランスやエペルネに本拠地があることや特級、一級に格付けされている村がモンターニュ・ド・ランス、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ、コート・デ・ブランの三大生産地に集中していることからマルヌ県が全生産量の66%を占め、圧倒的に多くなっています。

(注2)シャンパーニュの格付けは、ボルドーのシャトー単位、ブルゴーニュの畑単位の格付けとは異なり、「村」単位で行われています。つまり、栽培地域を村単位で捉えて、そのひとつひとつをランク付けしており、現在は「特級村17」、「一級村42」となっています。この格付けの当初の目的は、葡萄栽培農家の保護のためで、冷涼で厳しい気候のシャンパーニュで毎年の葡萄取引価格を安定させるべく、その年の価格を公的機関が決定するようにするためです。同じ村である以上、どの畑も同じ“格”ということにはなりますが、実際には土壌、日照等で違いはあるのは確かで、どの村にも「とっておきの畑」があります。例えば、クリュッグが所有するアンボネ村の「クロ・ダンボネ」やル・メニル・シュール・オジェ村の「クロ・デュ・メニル」等はその典型で、これらの畑名はそのままシャンパーニュの名称となっています。

 また、サロン、ルイ・ロデレール、クリュッグ、ポル・ロジェ、ボランジェ等大手メゾンが自らの威信をかけて、最高の葡萄に技術の粋を集めて造り上げるプレスティージュ・キュベは素晴らしく、各国王室御用達を拝命するなど、世界中に愛好家を持っており、シャンパーニュ市場はこれら大手メゾンの独壇場であったと言えます。

 冷涼なシャンパーニュ地方では、毎年の作柄は保証できないため、優良な品質のシャンパーニュを安定して供給するには、巨大な生産設備や何年分ものワイン・ストック、長期の熟成期間が必須であるため、巨額の資金が必要となり、上述の大手メゾン、いわゆる「NM=ネゴシアン・マニュピラン」(自社畑を所有せず、あるいは自社葡萄と買い付けた葡萄で醸造・販売を行う製造業者)がマーケットを寡占することとなっていました。

 参考までに、シャンパーニュ委員会の2015年の統計資料では、日本の輸入(金額ベース)はNMが90%、RMが6%となっており、NMのシェアーが圧倒的で、特にプレスティージュ・キュベが約3割を占めているのが特徴で、日本ではサロン、ドン・ペリニヨン、クリュッグ、クリスタル等NMのプレスティージュ・キュベが特別な機会を彩るシャンパーニュとして好まれているのです。

 しかし、近年シャンパーニュ地方で、葡萄栽培から醸造まで自ら一貫して行う「RM(レコルタン・マニュピラン=ブルゴーニュのドメーヌとほぼ同義)」が台頭し、人気を集めています。これらRMが小規模ながら職人的な造りから生まれる秀逸で個性的なシャンパーニュは、フランス内外で引く手あまたで、生産量も少ないため、年々入手困難となっています。これらの事情は現在のブルゴーニュがかつてのネゴシアン中心の時代からドメーヌ全盛の時代へと変遷したことと類似していますが、巨大資本を必要とするシャンパーニュでは小規模なRMが既に世界的な名声を博し、多くの需要に応えている大手メゾンにとって代わることは不可能で、大手メゾンと小規模RM、つまり「ブランド認知度の高いNMと知る人ぞ知るRMに二極化」しているのがこの30年間の潮流と言えるでしょう。

 事実、フランスを代表するワインガイド誌「レ・メイユール ヴァン・ド・フランス(Les Meilleurs Vins de France)」では、約5200社あると言われるシャンパーニュ生産者の中で、次の9社だけに、「三ツ星生産者」の栄光を与えています。

NM(6社):ボランジェ、クリュッグ、ルイ・ロデレール、サロン、ポル・ロジェ、ジャクソン

RM(3社):ジャック・セロス、エグリ・ウーリエ、アグラパール

 これまで日本では、「ハレの日に飲んだり、贈る特別なお酒」として知られてきたシャンパーニュですが、比較的手頃な価格で入手可能な大手メゾンやRMのスタンダード・キュヴェの普及により、ワインと同じように、ご自宅での通常のお食事やシャンパン・ランチ等カジュアルな場面、あるいは暑い夏にきりッと冷えたシャンパーニュを楽しまれたり、贈答品にされる方が多くなっていますので、今後日本へ新しく紹介されるRMも増えてくるでしょう。

 シャンパーニュの中で、RMは約4800社あり、5つの生産地区はいずれも秀逸なRMを輩出していますが、特にコート・デ・バール地区はシャンパーニュの中心都市ランスから170kmも南にあり、シャンパーニュの中で最も温暖であることからピノ・ノワールが多く植えられていますが、70kmしか離れていないシャブリ地区と同じキンメリジャン地層からなるコート・デ・バール地区で育てられるピノ・ノワールは他の生産地のチョーク質の土壌とは異なり、果実味豊かで、ボリュームがあり、シャンパーニュ特有の鉱物的な冷たい印象は受けず、味わいも異なります。(シャンパーニュの中心産地の造り手たちは以前はコート・デ・バールのワインをシャンパーニュとは認めなかったと言われており、コート・デ・バールがシャンパーニュとして認められたのは1927年のことです。)

 そんなコート・デ・バール地区で現在最も注目を集めている造り手が「セドリック・ブシャール(Cedric Bouchard)」です。2000年に設立された歴史の浅いメゾンでありながら、「単一区画、単一品種、単一ヴィンテージ」というポリシーのもとで、徹底的な品質管理で高品質のシャンパーニュを産み出す新進気鋭の造り手です。

 シャンパーニュでは7種類の葡萄品種が認められており、白葡萄のシャルドネのみで造られたシャンパーニュはブラン・ド・ブラン、黒葡萄のピノ・ノワールやムニエのみで造られたシャンパーニュはブラン・ド・ノワールと呼ばれます。これら一種類の葡萄だけで造られたシャンパーニュは一目置かれる存在ですが、セドリック・ブシャールのように「単一区画、単一品種、単一ヴィンテージ」となると味にごまかしがきかず、まさに究極のオート・クチュール・シャンパーニュとして高い評価と人気を得ているのです。

 2005年にフランスの権威あるワイン評価誌「レヴュー・デュ・ヴァン・ド・フランス」で最優秀若手生産者に選ばれた若き天才セドリック・ブシャールが合計でも僅か4.4haしか所有していない畑毎に「ローズ・ド・ジャンヌ(Roses de Jeanne)」のラベルで造るシャンパーニュは銘柄毎に個性が異なるオート・クチュール・シャンパーニュで、しかも各銘柄の生産量も僅かで、リーズナブルな価格ゆえにその人気は高く、極めて入手困難なものとなっています。

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