コート・ド・ニュイ最南端の村名アペラシオンで経済の中心地

【ニュイ・サン・ジョルジュ 〜Nuits-Saint-Georges〜】

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 コート・ド・ニュイに所在する村々はいずれも人口数百人ほどの小さな村ですが、最南端のニュイ・サン・ジョルジュは人口5,500人のコート・ド・ニュイ最大の町です。ここにはフェヴレ社を始め多くのメゾンの本社があり、ブルゴーニュワインの経済的な中心地です。

 北はヴォーヌ・ロマネ村、南はコート・ド・ボーヌの玄関口ラドワ・セリニー村に接する南北に5劼砲錣燭辰萄拂垢伸びるこのアペラシオンには特級畑はありませんが、「レ・サンジョルジュ」、「レ・ヴォークラン」、「クロ・デ・ポレ」、「クロ・ド・ラ・マレシャル」等の有名な一級畑があります。

下にニュイ・サン・ジョルジュの葡萄畑の概略地図を掲載していますのでご覧下さい。この概略図はブルゴーニュワイン大全等の資料を基に、当店店長がエクセルで描画したものなので、縮尺(畑の広さ)は正確ではありませんが、畑の位置関係等は参考になると思います。

 特に秀逸な一級畑は1892年に制定された町の名前の由来となった畑で現在特級への格上げの検討がされている7.47haのレ・サンジョルジュです。また、町の名前を決める時、最後までレ・サン・ジョルジュと競った候補がレ・ヴォークランであることから、この二つが最良の一級畑と言えます。

 

 ニュイ・サン・ジョルジュで最も有名かつ秀逸な生産者は次の二つのドメーヌでしょう。まずは、「ニュイ・サン・ジョルジュの王様」と呼ばれ、現在ニュイ最高の造り手との評価の高いドメーヌ・ロベール・シュヴィヨンです。

 

 20世紀初頭からワインを造っている名門ドメーヌですが、ドメーヌの創設者ロベール・シュヴィヨン氏が運営にかかわり始めた1968年頃から頭角を現し、その後1977年から全てドメーヌ元詰めを開始し、今日の名声を築きました。

 

 ロベール・シュヴィヨンが擁する全ての葡萄畑は、ニュイ・サン・ジョルジュにあり、まさにニュイに特化したドメーヌです。このニュイ・サン・ジョルジュのお手本とも言えるこのドメーヌの特筆すべき点は葡萄の樹齢が高いことで、平均で50〜75年、ヴォークランには樹齢100年のものもあります。

 

 そしてもう一つは、ニュイ・サン・ジョルジュ屈指の老舗名門ドメーヌであるドメーヌ・アンリ・グージョです。創始者アンリ氏はブルゴーニュのドメーヌワインの立役者とも言える人物で、20世紀初期、ネゴシアンによって名前を偽ったブルゴーニュワインが出回っていたのを危惧して1929年、ブルゴーニュワインの品質を守る組織を結成し、この地でもっとも早く自家元詰を実現しています。

 

 また、ヴォルネイのマルキ・ダンジルヴィーユ氏と共に原産地呼称制度の推進を進め、1946年にはコート・ドールの組合長に就任するなど、今日のブルゴーニュ・ワインの基礎を築いた偉大な方なのです。ワインの偉大な造り手ということだけでなく、高潔な人格者で、アペラシオンに格付け作業をしていた当時、ニュイ・サン・ジョルジュの村長かつニュイの葡萄畑の主要所有者でもあったことから、身贔屓との批判を避けるためニュイ・サン・ジョルジュに敢えて特級畑を認めなかったと言われています。

 

 1967年の偉大な創始者の死後、ドメーヌ・アンリ・グージョは一時期低迷していた時代もありましたが、1990年代に入ってアンリ氏の孫にあたる三代目のピエール氏とクリスチャン氏が後を継いでからは、再び高い品質と評判を取り戻し、ニュイ・サン・ジョルジュのトップ・ドメーヌの地位に返り咲いています。

 ニュイ・サン・ジョルジュはジュヴレ・シャンベルタンに次ぐ栽培面積の大きなアペラシオンであることから、ニュイ・サン・ジョルジュに本拠を置くドメーヌだけでなく、エマニュエル・ルジェやジャック・フレデリック・ミュニエ等の最高峰生産者がここに畑を所有し、秀逸なワインを造っています。

 特に一級クロ・ド・ラ・マレシャルは50年契約でフェヴレ社に貸し出していたものが、2003年に契約期限が終了し、ミュニエ家に帰ってきたもので、2004年ヴィンテージからジャック・フレデリック・ミュニエの9.55haのモノポール(単独所有畑)として新たにリリースが始まった注目のワインです。

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